地震後半年たっても避難暮らしを強いられている人は多い。ムザファラバード

NGOウジャマー・ジャパン ウェブサイトのご案内
このたび活動内容をまとめたNGOウジャマー・ジャパンのウェブサイトができました。
どうぞご覧ください。→コチラから

ー 目 次 ー
NGO設立の経緯】、【事業の目的】、【具体的な活動】、【事業の運営方法
連絡先】、【義援金振込先】、【ウェブサイト

【NGO設立の経緯】

 2005年10月8日パキスタン北部のアザド・カシミール周辺でマグニチュード7・6の大地震が発生しました。直後の世界銀行の調査によって、死者8万7千人、家を失った人約350万人という数字が発表されました。最終的には死者数は10万人を越えることが確実視されています。
 この数字は、ひとつの国がこうむった自然災害では過去に例がない大規模なものといえます。阪神・淡路大震災の死者が6千人強であることを考えますと、パキスタンの地震の深刻さを想像していただけるのではないかと思います。
 私は写真家として現地の状況を取材するために、地震の直後に被災地を訪れました。被災地は半径100キロにおよぶ山岳地帯で、小さな村が点在しています。国際機関や世界各国からの民間支援団体がすでに救援活動を行っていましたが、山岳地帯にある村へは土砂崩れによって道路が寸断されていることもあり、十分な支援が行き届いていない実態を確認することができました。その模様は新聞や雑誌などで報告してきました。
 また知人などから託された義援金で、そのとき最も必要とされていた仮設住居のための屋根となるトタン板などを購入し、支援が行き届いていない村や学校へ直接物資を届けてまいりました。
 震災から半年後に現地を再訪したところ、都市部ではすでに瓦礫となった建物が撤去されてプレハブの学校が再建されたり、避難民を収容していた政府やNGOによるテント村などもすでに撤去を始めていました。復興はある程度、進みつつあるようでした。
 しかし依然として深刻な状況に置かれているのが山間部の村人で、特に土砂崩れ等によって土地も家も家族も失った人は行き場もないことが確認できました。そのなかで衝撃を受けたのが、親を震災で亡くした子どもの存在でした。特に父親を失った子どもの家族は、いっさいの現金収入が途絶え、子どもたちの多くは再開された学校へ通うことができないようでした。
 イスラム社会では、男は外の社会へ、女は家の中を守るということが、かなり厳格に決められています。ですから男手を失った家族は、その日から路頭に迷ってしまうわけなのです。さっそく調査したところ、ひとつの村に10人程度の孤児が存在することがわかりました。おそらく被災地全体で千人単位の孤児が存在すると推定されます。
 小学校へ行くことそれ自体は、さして現金が必要なわけではありません。しかし家庭環境によって学校へ行けないケースも相当数あることを現地調査によって実際に確かめることができました。そこでそういった子どもたちにひとりでも多く小学校に通ってもらい、将来に向けて自立できる環境を整える手伝いをできないかと熟考した結果、このNGO設立を思い立ちました。

(写真家 船尾 修)

テントにより再開された山間部の村の小学校で学ぶ児童たち。スルリ・スッチャ村(ムザファラバードからジェーラム川沿いに約50キロ北)
畑に建てた仮設住居で身を寄せ合って暮らす村人。子どもたちの多くは両親のどちらかを亡くしている。
スルリ・スッチャ村

【事業の目的】

 団体名にある「ウジャマー」とは、スワヒリ語で「家族の愛」という意味で、タンザニアの初代大統領ジュリアス・ニエレレは国づくりの基本方針にこのウジャマーという言葉を打ち立てました。これはたとえ貧しくても、みんなで手を取り合って共に助け合いながら共同体を運営していこうというひとつの哲学でした。
 世界には紛争や災害によって教育の機会が奪われたり、働きたくても働けない人たちが現実にたくさん存在します。また経済格差もあります。富は必ずしも均等に分配されているわけではありません。特に途上国で起きた災害の被害を受けた人たちは、その生活の再構築が非常に困難です。国の経済基盤が脆弱なこともあって、被災者たちに十分な支援が行き渡らないからです。
 そういった人たちに支援の手を差し伸べることは、経済的に豊かな先進国に住む者の義務だと思います。自然災害というのは、いつどこで起きるかわかりません。自分も明日には被災者になっている可能性も十分にあるわけです。パキスタンの地震を他人事だと考えてよいわけがありません。
 子どもが宝というのは何も日本に限ったことではなく、世界共通です。子どもは宝であると同時に、未来そのものです。災害が原因で教育を受けられなければ、その子たちは将来に自立して家族を支えていくことがいっそう困難になることでしょう。そうすると将来の彼らの子どももまた教育を受ける機会を失う可能性が高くなります。機会の不均等、格差の拡大がますます広がるばかりです。
 では、私たちにできることは何か。せめて被災して孤児になった子どもたちに小学校へ通う手助けだけでもできないだろうか。ウジャマー・ジャパンの設立と当面の事業目的はそこにあります。

地震による土砂崩れで家屋を失った人が山間部の村には数多くいる。彼らの多くは畑にテントを張って暮らしている。スルリ・スッチャ村 右端のミール・アブドゥラ・ラファカット君(6歳、小1)は父親を亡くした。現在は母親と妹、弟の4人でテントで暮らす。スルリ・スッチャ村
国際赤十字などが行方不明者の写真
を貼り出して情報を集めている。
バラコット

【具体的な活動】

1.奨学金の支給

 山間部の村に点在する数千、数万の震災孤児たちすべてに手を差し伸べることは、私たちのような新興の小さなNGOにとってどう考えても不可能です。そこで第一段階として、代表の船尾がカシミール地域を取材中に知り合った小学校に通うことが困難な家庭環境の子どもたちを対象に、とりいそぎ奨学金を支給していきます。
 もし今後このNGOをサポートしてくださる会員が増え、資金的に余裕ができたときには、再び調査を行ない、奨学金を支給する対象を暫時増やしていくつもりです。
 震災後、二度目の訪問を終えた2006年6月現在で、把握できているそのような境遇の子どもたちは23人。調査にあたっては、ひとりひとりの家庭環境を実際に確かめるために、居住している家を訪ね、子どもたちの親や親戚に直接面会してきました。23人はまだまだ少ないと感じていますが、調査に時間がかかるため、その結果の数字です。
 奨学金を授与する対象となる子どもの選定ですが、以下のような選考基準を設けています。
 1:両親が地震によって死亡した。
 2:父親あるいは母親が地震によって死亡した。
 3:家族が居住していた土地と家を失った。
 4:両親共にあるが、怪我などで入院中、あるいは両親に収入がまったくない。

 このような基準で選考した小学生に対し、ひとりあたり年間5,000ルピー(約1万円)程度の奨学金を、小学校を卒業するまで最長5年間支給いたします。5年間としているのは、パキスタンでは小学校は5年制なので、現在の1年生が卒業するまでという意味です。
 奨学金は、子どもの親か親戚に直接支払われます。毎年、支給は直接手渡しで行ない、その際に子どもが約束どおり小学校へ通ったかどうかを確かめます。場合によっては、小学校の教師や校長にその証明を求めます。パキスタンの現地に数名の事業協力者を置き、日本サイドからいつでも奨学金授与者たちの状況を把握できるように努めるつもりです。
 年間1万円という数字は日本人の感覚ではたいへん少ないと思われるかもしれませんが、日本とパキスタンでは経済格差の関係から物価が異なるためです。パキスタンでの1万円は日本の10万円ぐらいに匹敵するのではないでしょうか。
 小学校そのものにはほとんど授業料等はかからないのですが、奨学金は制服代やノートなどの文具代に当ててもらうという意味のほか、被災のダメージからなかなか立ち直れない彼らの家族に対しての支援金という意味合いを含んでいます。

2.互いの交流によって異なる文化を学ぶ

 奨学金の支給というのはややもすると先進国の人間から途上国の人間への一方的な「援助」になってしまうおそれがあります。それも必要なことだとは思いますが、本NGOの目的はそれだけにとどまりません。互いに交流することによって、異なる文化や考え方を持つ人たちから積極的に学ぶ機会を、サポート会員である日本の人に提供したいと考えています。
 たとえば被災地に暮らす人のほとんどはイスラム教徒ですが、私たち日本人はイスラムについて何も知らないに等しいと思います。彼らがどのような習慣を持ち、どのようなことを考えているのか。直接・間接的にそういった人たちと関わりを持つことが、自分たちの世界を広げることにつながるのではないでしょうか。
 被災地へのスタディ・ツアーも計画しています。現地の状況を直接この目で見、彼らの生活に触れることにより、私たちも彼らから何かを学ぶことができます。それは学校での勉強やニュースを聞くだけでは絶対に得られないナマの体験なのです。
 互いに信頼しあえる関係。ウジャマー・ジャパンの活動目標はあくまでもその点にあります。

この家族は父親が死亡した後、
祖父と母親が4人の子ども(10歳、7歳、3歳、1ヶ月)を育てている。一番下の子は地震から5ヵ月後に生まれたので、父親の顔を知らない。パラス村
アミナ・ビビちゃん(9歳、小2)は両親を共に亡くし、孤児となった。現在は祖母と兄の3人で、仮設住居に暮らす。家は50メートルほど離れたところにあるが全壊。
パラス村(ナラン谷、バラコットから約30キロ)
サイード・アキール・シャー君(9歳)は
再開されたテント学校へは通っていない。被災時の記憶がトラウマとなって学校へは戻りたくないのだ。父親が死亡したので、妹と母親の3人で仮設住居で暮らしている。
パラス村
クルシード・フセイン・シャー君(13歳、中2)とグルナス・ビビちゃん(8歳、小2)の兄妹は母親を亡くし、父親と3人暮らし。最近までバラコットの避難民キャンプで暮らしていた。父親は廃材を集めて仮設住居を建てたが、生活再建にはまだ当分時間がかかりそうである。

【事業の運営方法】

 運営スタッフは、日本側はすべて無給のボランティア・ワーク、パキスタン側は有給を基本とします。専従スタッフの形式はとりません。というのは、本NGOの運営資金のほとんどを一般のサポート会員からの寄付に頼る予定だからです。
 サポート会員、あるいは義援金を出す側としては、その金額の大半をひとりでも多くの被災者のために使ってほしいと願っていると思います。私たちはその意思を最大限に尊重したいと考えています。集まった資金の95パーセント以上を現地へ投入するのが目標です。

 運営資金の集め方は以下のようになります。

  1. サポート会員の募集。年会費5,000円(一口)。会員になるとスタディ・ツアーへの優先的な参加のほか、毎年の奨学金授与や被災者に関する情報が届けられます。
  2. 義援金(寄付金)の受付。(振込先は下記にございます。)
  3. ポストカード販売。パキスタン北部に暮らす人々の様子を写したポストカード1セッ  ト8枚入りを1,000円で販売し、その利益を運営資金に組み込みます。

 歳入と支出については、毎年1回、スタッフによる会議において監査し、その整合性を確認いたします。また本NGOの活動についての皆様方からの忌憚ないご意見・ご感想をいつでもお待ち申しております。

2006年8月24日

【NGOウジャマー・ジャパン ウェブサイト】

  活動内容を下記ウェブサイトにて公開しています。

  http://www.ujamaa-japan.org/
NGOウジャマー・ジャパン
(非政府組織UJAMAAJAPAN)
 
http://www.ujamaa-japan.org/

代 表:船尾 修
大分県国東市国見町岐部3734
TEL.&FAX:(0978)83-0687
E-mail:funao.osamu@nifty.com
http://www.funaoosamu.com/

事務局:宮崎妙子
東京都武蔵野市吉祥寺北町3-14-7
TEL.&FAX:(0422)55-6135
E-mail:aikidotaeko@yahoo.co.jp

グルナシン・ビビちゃん(9歳、小3)は
現在、学校へは通っていない。父親の
グラン・アハマッド・シャーさん(45歳)
はカラチへ出稼ぎに行っていたが、妻が
被災して亡くなったので村へ帰ってきた。
3人の子どもを抱えているため、カラチへ
戻ることはできず収入は途絶えたままである。グルナシン・ビビちゃんは小さな声で
「学校に行きたいの。友達もいるし」
と答えた。
義援金や、サポーター会員の
会費の振込先は、

 郵便振替
 00100−1−446572
 NGOウジャマー・ジャパン

あるいは、

 みずほ銀行 吉祥寺支店
 普通口座: 1131339
 NGOウジャマー・ジャパン

までお願いいたします。
NGO UJAMAAJAPANの案内パンフレットを作りました。
ダウンロードしてプリントできます。
カラー面(656KB)白黒面(268KB)
カラー面PDF(860KB)白黒面PDF(1.5MB)
リンクについては→こちら
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